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比較される「研修医」と「司法修習生」

 法曹養成制度検討会議においては,医学博士である国分委員を有識者として加え,法曹養成制度と医師養成制度との比較を重視する傾向にあります。この記事では,研修医との比較という視点から,司法修習制度のあり方について検討することにします。

<参考URL>
臨床研修制度(第8回会議国分委員提出資料)
http://www.moj.go.jp/content/000106655.pdf
医師国家試験ボイコット
http://blog.m3.com/yonoseiginotame/20100221/9

1 研修医制度の沿革
(1)臨床実地研修制度(インターン制度)
 1946(昭和21)年に設けられた医師養成制度では,大学の医学部を卒業後,1年間の臨床実地研修をした後に医師国家試験の受験資格を得られる,という仕組みになっていました。この仕組みはアメリカのインターン制度を真似たものですが,研修中の身分は学生・医師のいずれでもなく,給与も支払われずタダ働きを強いられる,しかも研修と言いながら教育のカリキュラムは無いに等しく,研修のための予算も付けられておらず,実態としては「研修という名の強制労働」と言われても仕方がないようなものであったそうです。
 1960年代頃から,身分・研修・生活の改善を要求する医学生の「インターン運動」が全国的な高まりを見せました。この時,対比としてしばしば取り上げられたのが当時の司法修習制度であり,すなわち司法修習生は国から給与をもらって2年間の修習を受けられるのに,医師の研修生がタダ働きというのはおかしいではないか,などと主張されたわけです。
 もっとも,無給で医師を使えるインターン制度は政府にとって都合の良いものであり,またインターン制度に代わる臨床研修制度のあり方についても議論の混乱があったため,改革は遅々として進みませんでした。業を煮やした学生達は,1967(昭和42)年,ついに最終手段の実力行使に打って出ます。それが医師国家試験阻止闘争です。
 36大学,2400人もの医学生が参加した青年医師連合は,インターン制度の完全廃止,医局の改善を要求して,昭和42年の医師国家試験をボイコットし,合わせて医学生や研修生によるピケやデモも各地で行われました。このボイコットにより,受験生3150人のうち実際の受験者はわずか404人(全体のわずか13%)という事態に陥りました。

(2)任意研修制度
 こうした状況を受けて,1968(昭和43)年に医師法が改正され,インターン制度が廃止されると共に,医師国家試験は大学卒業後すぐに受験できるようになった一方,医師免許取得後に2年間の臨床研修を受けることが努力義務とされました。
 これによって,研修時の身分という問題は改善されたものの,多くの私立大学では研修医が労働者として扱われず,長時間労働の対価として月額数万円の「奨学金」が支払われるに過ぎず,生活費は別途当直などのアルバイトに依存せざるを得なかったのです。
 また,大学病院では専門分野に偏った研修が行われるなどの弊害も指摘されるようになり,2000(平成12)年の法改正により,2004(平成16)年から新たな臨床研修制度がスタートしました。なお,関西医科大学の研修医が過労死した問題が訴訟に発展し,最二判平成17年6月3日では「研修医は,教育的な側面があるとはいえ,病院の開設者のために患者の医療行為に従事することもあり、労働基準法に定める労働者にあたる。」との判断が示されています。

(3)現在の臨床研修制度
 現在の臨床研修制度では,医師免許取得後に2年間の研修が義務づけられており,研修医には一定の給与が支払われます。研修医の受け入れに対しては,国から経費込みで10数万円程度の補助金が支払われており,病院から研修医に支払われる給与は,病院によっても違いはありますが,大体月20〜30万円くらいのところが多いようです(ただし,医師不足に悩む地方の病院では月35万円以上の給与を支給しているところもあるようです)。
 また,任意研修時代には,研修先は不透明な医局人事によって決められていたところ,新制度では研修医の希望も考慮したマッチング制度によって決められるようになり,研修環境は以前より大幅に改善されましたが,地域や診療科によっては深刻な医師不足が発生するなど新たな問題も指摘されており,今後も改善の余地はあるといえます。

2 研修医との比較から見る司法修習のあり方
 このように,長い時間と多くの犠牲を経て,研修医制度は改善が図られてきたわけですが,インターン運動時代に比較の対象とされた司法修習制度は,司法改革に伴い給費制から貸与制に移行し,修習生の待遇は大幅に悪化してしまいました。
 検討会議で医師の臨床研修制度について説明した国分委員自身は,現行の貸与制は修習生に(制度改革の失敗の)しわ寄せが行っていることが大きな問題であるとし,給費制を復活すべきであると主張されているようですが,研修医制度との比較という視点で考えるならば,給費制復活は当然という結論になるでしょう。
 大学の医学部にせよ法科大学院にせよ,専門家としての実地経験を積むことはできません。そこで,医師も法曹も国家試験合格後に,臨床研修ないし司法修習といった形で実務教育をする場が設けられているわけですが,どちらも国にとって重要な専門職であり,しかもやり方次第で顧客の運命を左右してしまうような仕事ですから,これらの専門職が実務教育を十分に受けないままで社会に放り出されるのでは,かえって社会に迷惑を与えることになりかねません。
 したがって,これらの研修では,国家試験の合格者がアルバイトをせず研修に専念できる環境がどうしても必要であり,修習生にアルバイトを認めればいいじゃないかなどという主張は,法曹の専門性を軽視するものであり妥当ではありません。
 もっとも,国から給与を支払って修習を行わせるという以上,修習を受けられる者は国家試験によって法曹となるに相応しい資質があると認められたものに限定する必要があり,また司法修習の内容も,法曹に対する社会のニーズに応えられるよう不断の改善を図る必要があることは言うまでもありません。

3 給費制復活運動の課題
 もっとも,現在,司法修習に関しては給費制廃止違憲訴訟が各地で提起されるなど,給費制復活運動を盛り上げようとする動きもみられますが,これを過去に行われた医学生のインターン運動などと比較すると,残念ながら多くの問題点があります。

 まず,医師のインターン運動は,医師は問題なく社会にとって必要不可欠である,しかも医師の数は不足しているという認識の下で,多くの医学生が一致団結して医師国家試験のボイコットという手段に訴え出たからこそ,成果を挙げることができたわけです。しかも,そこまでの動きに至るまでには極めて長い時間がかかっており,一朝一夕にというわけには行きません。
 これに対し,現在の法曹(特に弁護士)が社会にとって必要不可欠の存在と思われているかというと,現状では必ずしもそうとは言えず,また弁護士の数は明らかに過剰です。司法試験は合格者数先にありきといった考え方で合格基準をどんどん緩めてしまっており,しかも年間2000人もの修了者が法曹として社会に送り出されても,そのような大人数の受け入れ先は存在しません。
 特に,最近は弁護士の就職難がひどい状況になっており,修了直後の一括登録日の時点で弁護士登録しない者(任官者を除く)は全体の約4分の1に達しています。現状を放置していれば,これはもっとひどい数字になるでしょう。一応弁護士登録はしても,実際の弁護士業務はほとんど行えないまま短期間で廃業を余儀なくされる者も少なくないので,近い将来には司法修習を終えた者の半分近くが,実際には法曹の仕事に就かない(就くことができない)事態に陥っても全く不思議ではありません。
 理由はどうあれ,実際には法曹の仕事に就かない者に対し国費で司法修習を行うのは全くの無駄であり,司法試験合格者数の問題を抜きにして,とりあえず給費制だけ復活させろという考え方は,黒猫には理解できませんし,多くの一般市民から理解を得るのも難しいのではないかと思います。
 さらに言えば,最近の法曹志望者(と称する者)は,大別すると裁判官・検察官への任官や大規模事務所への就職を希望し,そのためには難関である予備試験の受験をも厭わないというレベルの高い層と,単に就職できないから安易に法科大学院へ流れ込んできたというレベルの低い層に二極化しており,彼らが団結して給費制の復活(ないし司法修習生の待遇改善)に向けて社会運動をしようにも,前者の層から見れば単に後者の層がいなくなってくれれば良いだけの話である一方,後者の層は要するに自分たちの生活を保障せよという問題に主たる関心を向けるでしょうから,両者を一致団結させることは至難の業です。

 次に,司法修習生の経済的困窮を招き,ひいては法曹志望者自体の壊滅的な減少を招いているのは,貸与制そのものよりは法科大学院時代に作った多額の借金であり,法科大学院制度(原則として法科大学院の修了を司法試験の受験資格とする制度)が優秀な実務法曹の養成には全く役立たず,むしろ有害な制度であることは多くの人に知れ渡っています。法科大学院で教えていることの大半は,司法試験にも実務にも役に立たない学者のマニアックな知識の披露に過ぎず,医師の研究養成機関として長い伝統のある医学部と法科大学院とを同列に置くことは,医学部に対する冒涜以外の何物でもありません。
 もっとも,法曹界内部では現在法科大学院の教員をしている,または法科大学院の設立に深く関わったなどの事情から,法科大学院制度そのものには立場上反対できない者が多く,法科大学院生やその卒業生にも立場上反対しにくい者が多い(法科大学院制度が廃止され旧試験のような状態に戻れば,自分達はそもそも司法試験に合格できない,あるいは合格できなかったと考える者が多く,しかもそれが必ずしも間違いだとは言えない)ことから,現在の給費制復活運動はこれらの問題には踏み込まず,最低限一致団結できる給費制復活の問題に絞って運動を広めるということになっているようです(実際,違憲訴訟に参加している人の話を読んでみると,法科大学院制度の廃止は無理だから給費制復活に問題を絞るべきだという思考に誘導されてしまっているようです)が,このような考え方は一般市民の立場からは理解しにくいものがあります。
 弁護士業界の中でも,宇都宮前会長などが展開した給費制復活運動に対しては,「法曹養成制度全体にかかわる問題を給費制の問題に矮小化している」という批判があるようですが,本来は法科大学院制度の廃止こそ市民に対し第一に訴えていくべき問題であるのに,業界内部の事情からこれを給費制の問題にすり替えてしまいそれ以外の問題に言及しないというでのは,黒猫としてもこのような運動は結果として法科大学院制度の擁護につながるおそれがあるのではないか,と考えてしまいます。

 宇都宮前会長が進めた給費制復活運動も,一時は1年間の貸与制施行延期を勝ち取るなど一定の成果を収めましたが,国会議員達が問題の所在を詳しく把握し「貸与制そのものが問題の本質ではない」ことに気付いてしまうと,それ以上の成果は出すことができませんでした。
 それを考えると,違憲訴訟や給費制復活のシンポジウムなどを開いて,修習生の立場に同情した一般市民がこれに賛意を示してくれたとしても,この問題への理解が深まるにつれて「給費制復活の一本に絞る」という運動方針に疑問を持ち次第に離れていってしまう可能性が高く,このような運動が本格的な制度改革のうねりになる可能性は,ゼロとまでは言わないまでもおそらく限りなく低いだろうと言わざるを得ません。
 そんなことをするなら,法科大学院の入学者数を減らす運動をやった方がまだましだろうということで,黒猫もささやかながらネット上で法科大学院の入学阻止運動を続けているわけですが。

4 朝日新聞の論説に思うこと
 給費制廃止違憲訴訟に対しては,朝日新聞が悪意に満ちた批判記事を書いているということで話題になっています(参考:http://kounomaki.blog84.fc2.com/blog-entry-639.html)が,理由こそ違えど,今回の違憲訴訟が広く世論の共感を呼び起こす要素に欠けているという点に限っては,黒猫もそのとおりと認めるしかありません。
 将来,(卒業生のほぼ全員が)自衛官として危険をかえりみず事にあたることを求められる防衛大学校生と,(修了生の半分近くが法曹の仕事にも就かない)司法修習生とを同列に論じるのも無理があるでしょう。今回の訴訟で実質的に戦える余地があるのは,憲法問題よりむしろ研修医の立場と比較した司法修習生の「労働者」性ではないかと思います。
 朝日新聞の記事は,法曹養成制度に係る問題の所在に正面から向き合い正論を述べているものでは全く無く,単純に違憲訴訟を嘲笑するものでしかありませんが,違憲訴訟をやっている側にも嘲笑されてしまう要素はあるように思います。法科大学院問題や司法試験の合格者数が多すぎるという問題に目をつぶり,単に司法試験合格者(司法修習生)の生活を保障してくれという要求は,客観的に見ればまさしく業界エゴに過ぎず,それ自体が一般市民の共感を呼び得るものではないからです。
 司法改革を擁護する立場から見れば,貸与制の憲法違反なんて勝ち目もなく市民の共感も呼びそうにない訴訟に全力を注いで自滅し,一般市民及び法曹関係者の目を法科大学院制度の問題から逸らしてくれるのであれば,まさしく大笑いするしかないでしょう。黒猫としては,給費制廃止違憲訴訟が結局司法改革擁護派の手のひらの上で踊るだけのようなものになっている可能性を考えると,他の弁護士のブログで書かれているような,単に「あきれる」だの「くさす」だのといった表現では済まされない問題があるような気がしてなりません。
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黒猫

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