最近,白浜先生のブログでこんな記事を目にしました。
<参 照>
予備試験受験生への差別は違法の疑いがあるように思う(白浜の思いつき)
http://www.shirahama-lo.jp/blog/2014/10/post-198.html 要するに、予備試験受験生の中には最終的な合格レベルに達していても司法試験を受験できない人が沢山いたということですから、予備試験の合格判定において予備試験受験生への露骨な差別が行われていることになります。これでは、国会が定めた司法試験法や行政のトップである内閣の定めた運用指針を無視した極めて非民主的な運用が行われていると非難を受けてもおかしくないと思います。
黒猫自身は,白浜先生と異なり予備試験の運用自体が「違法」であるとは考えていませんが,特に「行政のトップである内閣の定めた運用指針を無視した~」というくだりは,行政組織法の基本的な理解が欠如しているように感じられます。白浜先生以外にも,
規制改革推進のための3か年計画(改定)(平成20年3月25日閣議決定)を持ち出して,あたかも当該閣議決定に法的拘束力があるかのような議論をする人が散見され,この問題はもはや看過できないものに感じられます。
この記事では,
「司法試験の合格者数や合格水準に言及する閣議決定に法規範性はなく,司法試験委員会がそのような閣議決定に拘束されることはない」ことについて,行政法を勉強していない人でも理解できるように,なるべく分かりやすく説明したいと思います。
1 行政組織法における「所掌事務」の絶対性 行政法の分野では,行政機関の「所掌事務」が絶対的な影響力を持っています。行政機関は,その任務及び所掌事務の範囲内においてのみ,所管する法令に基づく権限を行使したり,所管する法令の解釈指針を作成・公表したり,私人や関係機関に行政指導を行ったりすることができます。
行政機関が,法令の解釈基準に関する「通達」を出すことは実務上よく行われていますが,通達の法的根拠は,国家行政組織法14条2項であり,各省大臣,各委員会及び各庁の長官は,その機関の所掌事務について,命令及び示達するため,所管の諸機関及び職員に対し,訓令又は通達を発することができます。
逆に言えば,
行政機関がその所掌事務に関しない事項について,法令の解釈基準らしき内容の訓令や通達を発したとしても,それは違法な行政作用であり,いかなる意味においても法規範性が認められることはありません。 なお,内閣府設置法7条6項により,内閣総理大臣は,内閣府の所管事項について,命令又は示達するため,所管の諸機関及び職員に対し,訓令又は通達を発することができます。これも逆に言うと,行政の長たる内閣総理大臣であっても,内閣府の所掌事務でない事項について,訓令又は通達を発することは認められていません。
ただし,内閣総理大臣は,閣議にかけて決定した方針に基づいて,行政各部を指揮監督することは認められています(内閣法6条)。閣議による意思決定の方法は憲法や内閣法にも明文の規定がありませんが,通説及び実務は全員一致制と解しています。
内閣総理大臣といえども,単独で命令できるのは内閣府の所管事項についてのみであり,それ以外の行政各部に対する指揮監督は,閣僚の全会一致によって決められた閣議の意思決定(通常は「閣議決定」などと呼ばれます)に基づかなければ,指揮命令権を行使できないのです。 このように,法律上誰が誰に,どのような根拠で命令できるのかを定めているのが行政組織法の世界であり,このような法的仕組みを理解していないと,お役所の論理は理解できないわけです。
比較的身近な例で説明すると,文部科学省には「中央教育審議会大学分科会法科大学院特別委員会」という会議体があります。中央教育審議会令第5条によると,大学分科会は大学及び高等専門学校における教育の振興に関する重要事項を調査審議すること,学校教育法及び同施行令23条の2第3項の規定により審議会の権限に属させられた事項を処理すること,がその所掌事務として掲げられています。
そして,法科大学院特別委員会は,
「第3期大学分科会における部会等の設置について(平成17年4月18日大学分科会決定)」に基づき,大学分科会の部会として設けられたものであり,所掌事務は「法科大学院制度の一層の充実のための調査審議や法科大学院の評価機関からの認証の申請に応じて審査を行う」こととされています。簡単に言えば,
法科大学院特別委員会は,法科大学院に関する事項のみがその所掌事務であり,その所掌事務に属さない司法試験や予備試験に関する事項については,意見を述べるどころか調査審議をする権限もありません。 実際には,法科大学院特別委員会が予備試験についてあれこれ口出ししているではないかと思われるかも知れませんが,これは上記のような所掌事務の問題があり,予備試験の在り方そのものについて調査審議することはできないので,「予備試験の法科大学院教育に与える影響」であれば同委員会の所掌事務に入り得るとして,このような事項を一生懸命議論しているのです。
2 連携法による拘束 もっとも,法科大学院特別委員会が「予備試験の法科大学院教育に与える影響」についていくら議論したところで,司法試験法は法務省所管の法律であり,司法試験や予備試験(正式名称は司法試験予備試験)の実施に関する事項は,同法12条の規定に基づき法務省に設けられた司法試験委員会の専権事項ですから,
文科省や法科大学院特別委員会が「予備試験の法科大学院教育に与える」についてどんなに苦情を述べたとしても,法務省や司法試験委員会が「そんなことは法科大学院内部の問題である」とはねつけてしまえば,文科省や法科大学院特別委員会はそれ以上何もできないのです。
ただし,法務省も,文科省側の要求を法律上全く無視し続けられるわけではありません。法科大学院制度に関し行政機関を拘束する内部規範としては,一部法律家の間では前述の閣議決定ばかり強調される傾向にありますが,実際には閣議決定よりもっと強力な内部規範が存在します。それが「
法科大学院の教育と司法試験等との連携等に関する法律」(通称「連携法」)です。
法科大学院の教育と司法試験等との連携等に関する法律(抄)
(法曹養成の基本理念)
第二条 法曹の養成は、国の規制の撤廃又は緩和の一層の進展その他の内外の社会経済情勢の変化に伴い、より自由かつ公正な社会の形成を図る上で法及び司法の果たすべき役割がより重要なものとなり、多様かつ広範な国民の要請にこたえることができる高度の専門的な法律知識、幅広い教養、国際的な素養、豊かな人間性及び職業倫理を備えた多数の法曹が求められていることにかんがみ、国の機関、大学その他の法曹の養成に関係する機関の密接な連携の下に、次に掲げる事項を基本として行われるものとする。
一 法科大学院(学校教育法(昭和二十二年法律第二十六号)第六十五条第二項に規定する専門職大学院であって、法曹に必要な学識及び能力を培うことを目的とするものをいう。以下同じ。)において、法曹の養成のための中核的な教育機関として、各法科大学院の創意をもって、入学者の適性の適確な評価及び多様性の確保に配慮した公平な入学者選抜を行い、少人数による密度の高い授業により、将来の法曹としての実務に必要な学識及びその応用能力(弁論の能力を含む。次条第三項において同じ。)並びに法律に関する実務の基礎的素養を涵養するための理論的かつ実践的な教育を体系的に実施し、その上で厳格な成績評価及び修了の認定を行うこと。
二 司法試験において、前号の法科大学院における教育との有機的連携の下に、裁判官、検察官又は弁護士となろうとする者に必要な学識及びその応用能力を有するかどうかの判定を行うこと。
三 司法修習生の修習において、第一号の法科大学院における教育との有機的連携の下に、裁判官、検察官又は弁護士としての実務に必要な能力を修得させること。
(国の責務)
第三条 国は、前条の基本理念(以下「法曹養成の基本理念」という。)にのっとり、法科大学院における教育の充実並びに法科大学院における教育と司法試験及び司法修習生の修習との有機的連携を図る責務を有する。
2 国は、法曹の養成が国の機関、大学その他の法曹の養成に関係する機関の密接な連携の下に行われることを確保するため、これらの機関の相互の協力の強化に必要な施策を講ずるものとする。
(第3項以下省略)
(法務大臣と文部科学大臣との関係)
第六条 法務大臣及び文部科学大臣は、法科大学院における教育の充実及び法科大学院における教育と司法試験との有機的連携の確保を図るため、相互に協力しなければならない。
2 文部科学大臣は、次に掲げる場合には、あらかじめ、その旨を法務大臣に通知するものとする。この場合において、法務大臣は、文部科学大臣に対し、必要な意見を述べることができる。
一 法科大学院に係る学校教育法第三条に規定する設置基準を定め、又はこれを改廃しようとするとき。
二 法科大学院の教育研究活動の状況についての評価を行う者の認証の基準に係る学校教育法第六十九条の四第三項に規定する細目を定め、又はこれを改廃しようとするとき。
三 学校教育法第六十九条の三第二項の規定により法科大学院の教育研究活動の状況についての評価を行う者を認証し、又は同法第六十九条の五第二項の規定によりその認証を取り消そうとするとき。
3 法務大臣は、特に必要があると認めるときは、文部科学大臣に対し、法科大学院について、学校教育法第十五条第四項の規定による報告又は資料の提出の要求、同条第一項の規定による勧告、同条第二項の規定による命令その他の必要な措置を講ずることを求めることができる。
4 文部科学大臣は、法科大学院における教育と司法試験との有機的連携を確保するため、必要があると認めるときは、法務大臣に対し、協議を求めることができる。
連携法は,一般国民の権利義務に関する定めを置いていないので無視される傾向にありますが,行政機関の内部規範としては極めて強い影響力を持っています。何しろ国会の決めた「法律」ですからね。
連携法は,法科大学院制度が将来覆されることをおそれた文科省側の強い働きかけによって制定された法律ですが,内閣の指揮監督に服する行政機関は,法務省も文部科学省もこの法律に拘束されます。
法務省としては,内心ではいかに法科大学院制度を不快に思っていても,この法律がある限り法科大学院制度の廃止を表立って主張することはできませんし,法科大学院教育の充実のために必要であるとして司法試験制度に関し文科省から協議を求められたら,少なくとも協議には応じなければなりません。 また,政府内部で「これ以上法科大学院制度を存続させるのは無理だ。思い切って法科大学院制度を廃止しよう」という動きがあったとしても,そのための具体的な施策(現行制度に代わる新たな司法試験制度の在り方を審議するなど)を進めるには,まず連携法を廃止しなければなりません。
内閣が閣議決定に基づき,連携法を廃止する法律案を国会に提出すること自体は憲法上可能と解されますが,前述のとおり閣議は全会一致制であるため,各省の大臣は閣議における拒否権を有しています。
文科省が法科大学院制度にこだわり続ける限り,連携法を廃止する法律案を提出するための閣議決定を行おうとしても,文科省が拒否権を発動するのは目に見えています。
一方,文科省側は司法試験法を改正させて,何とか予備試験の受験資格に制限を設けさせようとしていますが,幹部職員の大半が裁判官や検察官からの出向組で占められている法務省としては,予備試験によって優秀な任官候補者を確保することは死活問題であり,おそらくは拒否権を発動してでも阻止するでしょう。そのため,実際の法科大学院がいかに破綻を来していても,行政の主導により法科大学院制度の見直しを行うことは,(少なくとも文科省が法科大学院制度の存続にこだわり続ける限り)事実上不可能な状態に陥っているのです。
こうした「縦割り行政の弊害」は古くから指摘されてきましたが,このように法曹養成制度をめぐって文科省と法務省の対立が激化し,行政主導では事実上何もできないというのは,憲政史上稀に見る深刻な事態だと言わざるを得ません。
この事態を打開する方法は,法科大学院関連予算を次第に削減しながら文科省をいわゆる「兵糧攻め」にし,文科省が諦めるまで待つか,あるいは議員立法で連携法を廃止するしかありません。 法科大学院擁護派が,法科大学院制度を廃止するのは不可能だとまで主張するのは,法的にはこのあたりに理由があります。たしかに廃止へ追い込むのは極めて困難ですが,全く不可能というわけではありません。法曹養成制度の主流が予備試験ルートになって法科大学院制度が事実上形骸化し,法科大学院制度に対する世論の批判も極限に達し,政権与党や内閣としての指導力が疑われるような事態になれば,さすがに政治も動かざるを得ないでしょう。
3 司法試験委員会の法的性質 話が逸れましたが,次に司法試験委員会の法的位置づけを説明します。
司法試験委員会は,前述のとおり司法試験法12条に基づき法務省に設置された機関ですが,行政組織法上の位置づけは,国家行政組織法8条に基づく機関(講学上「審議会等」または「8条機関」と呼ばれています)と位置づけられています。
国家行政組織法(抄)
(審議会等)
第八条 第三条の国の行政機関には、法律の定める所掌事務の範囲内で、法律又は政令の定めるところにより、重要事項に関する調査審議、不服審査その他学識経験を有する者等の合議により処理することが適当な事務をつかさどらせるための合議制の機関を置くことができる。
司法試験や予備試験の実施(特に合否判定)は,高度な学識経験に基づく判断に加えて高度な中立性・公正性が求められる事項です。例えば,憲法をろくに理解していない安倍総理が,「憲法改正に反対する奴らを司法試験に合格させるな」「自分の意に沿う人材を司法試験に合格させろ」などと命令したときに,司法試験委員会も法律上それに従わなければならないのだとしたら,司法試験制度は大変なことになってしまいますね。
審議会等は,このように内閣を頂点とする指揮命令系統の下では機能しないおそれがある,国家試験の合否判定や不服審査,重要事項の調査審議といった事項をつかさどらせるために設置される機関であり,その意思決定は学識経験を有する構成員の合議により決せられます。
宇賀克也『行政法概説Ⅲ』第3版212頁は,「審議会等は合議制機関であり,合議制機関の本質は,構成員の自由な議論を通じて合意点を見出すことにあり,明文の規定がなくても,職権行使の独立性が認められる」と説明しています。このように,司法試験委員会は,明文の規定がなくても司法試験制度の性質及び合議制機関としての本質に鑑み,内閣からの職権行使の独立性は当然に認められると解されているのです。
したがって,
閣議決定により司法試験の合格者数や合格者の決定方針について何らかの意思表示が行われても,司法試験委員会には当該閣議決定に従う法的義務はなく,むしろ法的には,閣議決定により司法試験委員会の職権行使に政治的圧力をかけること自体が,司法試験委員会の独立性を侵害する違法な行政作用である疑いが強いのです。
もっとも,司法試験は司法修習と連携して法曹を養成する制度であるため,その合格者数は法曹三者との合意を尊重して決定されてきた経緯があり,何でも司法試験委員会の一存で決められるというわけではありません。
司法審意見書に基づく閣議決定で「合格者数3,000人」という目標が定められたときも,司法試験委員会はできる限り国の意向を尊重し司法試験の合格者数を増やしてきましたが,2千人を超えたあたりで「さすがにこれ以上合格水準を下げると,法曹として必要な学識及び応用能力を有する者とは到底言えなくなってしまう」との判断が働いたのか,合格者数が年間3,000人に達することはなく,最終的には3,000人目標の方が撤回されました。
もともと「年間3,000人」という閣議決定は,独立の合議制機関である司法試験委員会の判断を法的に拘束するわけではなく,閣議決定は単に「司法試験委員会に合格と認められる人が年間3,000人出せるよう,政府一丸となって法曹養成制度の改革に取り組んでいく」という努力目標に過ぎませんから,司法試験委員会が実際に年間3,000人を合格させなくても何ら違法ではありません。
4 平成20年閣議決定の読み方 そして,平成20年3月25日の閣議決定で定められた規制改革推進のための3か年計画(改定)では,予備試験について次のような事項が定められています。
法曹を目指す者の選択肢を狭めないよう、司法試験の本試験は、法科大学院修了者であるか予備試験合格者であるかを問わず、同一の基準により合否を判定する。また、本試験において公平な競争となるようにするため、予備試験合格者数について、事後的には、資格試験としての予備試験のあるべき運用にも配意しながら、予備試験合格者に占める本試験合格者の割合と法科大学院修了者に占める本試験合格者の割合とを均衡させるとともに、予備試験合格者数が絞られることで実質的に予備試験受験者が法科大学院を修了する者と比べて、本試験受験の機会において不利に扱われることのないようにする等の総合的考慮を行う。
もとより,合格者数3,000人の閣議決定と同様に,閣議が司法試験委員会の合否判定を直接拘束する法規範を定めることはできませんから,上記の決定は,いわば司法試験の実施に関する権限を有しない行政機関が定めた努力目標に過ぎません。
当該閣議決定の趣旨を単なる「理念」として引用するならまだ理解できますが,これを司法試験法の解釈規範として法的拘束力を有するなどとする主張は,法律論としては全く成り立ちません。
また,当該閣議決定は,理念としても「資格試験としてのあるべき運用」と「法科大学院組と予備試験組の公平性」を総合考慮せよと言っているのであり,法科大学院組と予備試験組の司法試験合格率を常に均衡させなければならないとは言っていませんから,閣議決定が掲げている2つの考慮要素のうち1つだけを強調して「法科大学院組と予備試験組の合格率均衡」を強調するのは,政治的にもあまりに偏った主張と言わざるを得ません。
黒猫自身は,以上を踏まえて平成20年度閣議決定の趣旨を考慮しても,現行予備試験の運用が司法試験法の趣旨に反しているとまではいえないと考えていますが,長くなりますのでその点は別の機会に書きます。
今回は,法律の素人であればいざ知らず,
法律の専門家である弁護士や司法試験合格者ともあろう人が,司法試験や予備試験の実施に関する閣議決定に法的拘束力があるかのような馬鹿げた議論をすべきでない,ということを言いたかっただけです。
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