fc2ブログ

司法試験からの「転身」問題

 法曹養成制度検討会議の第6回会議では,司法試験の受験回数制限制度のあり方について様々な意見が出され,結局意見はまとまらなかったという結論にされたようですが,受験回数制限の維持論者は,しきりと旧司法試験時代の悪弊を強調し,長期受験者に転身を促すような仕組みが必要であると主張しています。
 Schulze先生のブログ経由で,ロースクール進学のリスクや司法試験に合格できなかった人の転身問題について取り上げている記事の存在を知ったこともあり(下記URL参照),今回はこれらの記事の内容も踏まえて,司法試験に合格できなかった人の「転身」問題についてまとめてみようと思います。

<参照記事>
「司法試験に受からないということ」
http://ameblo.jp/getwinintest/entry-11396070454.html
「ロースクール進学のリスク」
http://ameblo.jp/getwinintest/entry-10948456483.html

1 受験回数制限の経緯
 旧司法試験時代には,受験回数自体の制限が行われることはありませんでしたが,制限が検討されたことはありました。
 合格者数がまだ年間500人程度だった頃の話ですが,平成元年11月に法務省は「司法試験制度改革の基本構想」という改革案を公表しています。これは,当時の司法試験が長期間受験勉強に専念しなければ合格できない難関試験であり,より多くの者がより短期間に合格し得る試験にする必要があるということで,具体的には以下に掲げる三つの改革案が示されました。
【甲案】初回受験から5年間に限り司法試験の受験を認める。
【乙案】合格者の8割を初回受験から5年以内の受験者から決定し,残りを6年以上の受験者から決定する。
【丙案】合格者の7割を全受験者から決定し,3割を初回受験から3年以内の受験者から決定する。
 紆余曲折の末,最終的には上記のうち丙案が採用されることになり,平成8年から平成15年までの司法試験には,受験回数3回以内の者に対する「特別合格枠」が設けられることになりました。
 この「丙案」制度については現在でも様々な意見があると思いますが,実際にこの「丙案」制度の下で旧司法試験を受験した立場で言わせてもらうと,やはり「丙案」による宣伝効果は無視できないものがあり,この制度が司法試験受験者数の大幅な増加,合格者層の低年齢化(若年合格者・大学生合格者の増加)にある程度寄与したことは間違いありません。この合格枠制度は合格者数を1500人とした平成16年から廃止されることになりましたが,当時の法務省は「丙案は社会的に定着している」などと主張しており,できれば廃止したくなかった形跡が窺われます。
 そして,新司法試験制度が設けられるにあたっては,新司法試験では滞留受験者の増加による合格率の低下を防ぐため,法科大学院修了(予備試験合格)から5年間で3回以内という受験回数制限が設けられるに至りました。なお,日弁連は旧司法試験の丙案制度については一貫して反対していたものの,なぜか新司法試験の受験回数制限に反対した形跡はみられません。

2 旧司法試験の受験浪人と「三振博士」との違い
 旧司法試験における受験浪人の問題と,新司法試験における受験浪人(三振博士)の問題はしばしば同一視されがちですが,両者には決定的な違いがあります。
 旧司法試験の場合,大学の教養課程を経た者であれば受験資格について特に制限はなく,受験勉強を何年続けるかは個人の選択に委ねられており,大学を卒業した後働きながら司法試験の勉強をする人もいました。長年無職状態で受験勉強を続け社会に適合できなくなってしまう人もいましたが,司法試験を断念した人の多くは普通に就職したり,司法書士や不動産鑑定士など他の資格にチャレンジして成功するなど,別に国家が手を貸さなくてもそれなりに社会で活躍できた例が多かったのです。
 また,旧司法試験は非常な難関試験であるという認識が社会的にも根強く,何回か受験して合格できなかったとしてもやむを得ないことだと一般に思われていたので,旧司法試験の受験歴があることは特に「転身」の障害にはなりませんでした。
 これに対し,新司法試験の場合,受験者は原則として法科大学院の修了者に限られており,予備試験合格者を除けば,新司法試験の受験者は最低でも2年間,大学院での「無職」状態を強いられることになります。卒業した後も無職で司法試験の勉強を続ければ,新司法試験の受験を諦めて転身しようと思う頃には優に30歳を超えてしまいます。今時30代無職のまともな就職先などはほとんどありません。
 しかも,新司法試験の合格率はかなり高いので,新司法試験に合格できなかった人は社会的にも「無能者」の烙印を押されてしまいます。法科大学院の修了者には「法務博士」の肩書きが付きますが,司法試験に合格した人はわざわざ法務博士とは名乗らないので,実質的には「法務博士」=「新司法試験に合格できなかった落第者」を意味します。就職時における「法務博士」の価値は,ニートやひきこもりと大差ありません。
 こうなると,新司法試験制度のもとで「三振」しても,司法試験以外には結局社会のどこにも行き場がないので,予備試験に挑戦するか別の法科大学院に再入学するかして,「二打席目」の司法試験挑戦に人生の望みを託すしかないと考える人が相当数出て来ます。法曹養成制度検討会議に出席した松野法務大臣政務官も,実際にこのような受験者が相当数いる事実を指摘した上で,受験回数制限により早期の転身を促すという考え方は「大きなお世話」ではないかと主張しています。
 いわば,旧司法試験の受験浪人は,難関の司法試験に何度落とされても法曹になる夢を諦めきれないから受験にこだわり続けていたのに対し,新司法試験の受験浪人は,さほど難関でもない司法試験に三度落とされ,いまや司法試験に合格し法曹になっても生活の糧を得られるわけではないことは分かっているけれど,それでも他の進路がないのでやむを得ず「司法試験」という藁にしがみついているのです。別に,藁にしがみついたところで溺れることに変わりはないのですが,それでも何もしないまま人生の落伍者になるよりはまし,ということでしょうか。

3 司法書士への「転身」は無謀?
 普通の就職以外で,司法試験の受験を断念した人が転身先としてまず考えるのは,試験科目が一部重なっている司法書士試験でしょう。ただし,司法書士試験はここ数年でずいぶん難化したようですが,実際に司法書士の質を上げているのは三振博士ではなく,経済的事情等により最初から司法試験を回避し,本気で司法書士試験に挑んだ人たちであると言われています。
 司法書士試験は,合格率だけを見れば新司法試験よりはるかに難易度が高い試験ですし,同じ法律試験でも司法試験とは勉強のやり方が異なります。特に,択一試験の合格水準が,新司法試験の平成24年度試験では61.5%であるのに対し,同年度の司法書士試験では概ね8割以上とかなり高いので,何よりも正確な知識のインプットが欠かせません。
 新司法試験の三振者が司法書士試験に本気で合格しようと思うなら,司法書士試験を格下の試験などと軽視することは許されないほか,法科大学院や司法試験の考え方を司法書士試験に持ち込むのは全くの有害無益です。
 最近司法試験を断念して司法書士に転向した人の中には,例えば予備校における講義後の質疑で「この事例における訴訟物は何か」といった全く無意味な論争を持ち込んだりする人がいるそうですが,そのような人が「司法書士試験に合格できない」ばかりでなく周囲から「嫌われる」というのも無理はないでしょう。
 もっとも,旧司法試験か予備試験の受験生ならともかく,合格率の高い新司法試験にさえ三振してしまうような人が,より難易度の高い司法書士試験に挑戦しても通常合格できるわけがなく,司法書士試験を「転身先」と考えること自体が法科大学院生の「根拠無き傲慢」であると言った方が良いかもしれませんが。
 なお,平成24年度の司法書士試験は受験者数24,048名,合格者数838名(合格率約3.5%)という超難関試験であり,合格者の平均年齢も34.80歳とかなり高くなっていますが,司法書士試験に受験回数制限を設けるなどという議論は特にみられませんね。

4 必要なのは「現状に即した方策」
 松野法務大臣政務官も言っていますが,そもそも司法試験のような資格試験に受験回数制限を設けるというのはかなり異例の措置なのです。司法書士試験や不動産鑑定士試験,公認会計士試験等に受験回数の制限はありませんし,受験に専門学部の修了が義務づけられている医師や歯科医師の国家試験にも受験回数の制限はありません。
 司法試験の受験回数制限に関する議論は,そもそも現在より20年以上も前に,経済成長に伴い弁護士の需要が伸びているのに政治的な理由でなかなか合格者数の数を増やせず,司法試験の難易度が異様に上がってしまったという特殊な状況に対処するためなされたものであり,現在とは問題状況が全く異なっています。
 現在の司法試験は,受験する前に法科大学院を修了しなければならず多大な時間的負担と経済的負担が伴う上に,法科大学院に入学しても修了できない人が多い,修了しても司法試験に合格できない人が多い,司法試験に合格しても弁護士としては到底食べていけない人が多く借金だけが残るという制度崩壊の状態に陥っています。
 法曹志望者の中でも現実を直視することができる人は予備試験か司法書士試験に流れ,あるいは法曹になること自体を諦めるのが一般的であり,法科大学院は現実を直視することができない人,言い換えれば黒猫の言うようなことはすべて嘘であると主張し「法科大学院に入れば将来バラ色である」という大学教授のウソ説明を頑なに信じる残念な頭脳の持ち主しか入学してこない,最近は法科大学院どころか法学部の志望者まで減り続けているという状況の下では,当然ながら採るべき方策は法曹志望者を司法試験に呼び戻すことであり,不合理な受験回数制限制度にこだわって法曹志望者を敬遠させることではないはずです。
 新司法試験はもともと長期受験者に不利な試験と言われており,実際に3回目の受験で合格する人はかなり少なく,法科大学院の人気低下に伴い受験者数は今後大幅な減少が見込まれています。しかも,法曹という職業自体に以前のような魅力がなくなってしまった以上,仮に新司法試験について受験回数制限そのものを撤廃し,司法試験の合格者数を年間1000人程度に絞ったとしても,20年前と同様の事態が発生することはほとんど考えられないでしょう。
 司法改革推進論者の思考は,10年前の司法審意見書に書かれたもので停止してしまっているとよく言われますが,受験回数制限の問題に限って言えば,10年前どころか20年前の思考で停止してしまっているのです。
関連記事
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

黒猫

FC2ブログへようこそ!